文学部横断型人文学プログラム

横断型人文学プログラム

身体スポーツ文化論コース

身心論

 基盤教育センター身体知領域の吉田美和子先生による講義でした。

 講義はまずパーソナルスペースの実験から始まります。教室内を全員で歩き回りながら、人とすれ違ったときにどう感じるのか、居心地の良い場所はどこかを考えます。また、相手がどこまで近づいてくると嫌悪感を覚えるのか、それが相手の立つ位置によってどう変わるのかも考えました。この実験から、人の感覚は五感だけでなく、意識に表れない感覚もあるということが分かります。このように、身体から人間を理解しようとするのが身体知領域の試みであると先生は言います。

 また、自分が身体を使って繰り返し経験したことについて紙に書き、人に説明することで、身体感覚を言語化することの難しさについても体感しました。

身体・スポーツ・社会Ⅱ

 基盤教育センター身体知領域の谷口広明先生による、パラスポーツについての講義でした。

 脊椎損傷センター初代所長のルートヴィヒ・グットマン博士がリハビリテーションにスポーツを導入し、イギリス傷痍軍人によるアーチェリー大会を開催したのがパラリンピックの始まりです。グットマン博士はスポーツを通じた交流や社会復帰を促し、社会にある偏見の解消にも取り組みました。

 オランダのように、障害を理由に分け隔てることのない共生社会を目指し、健常者と障害者のスポーツ組織が完全統合される国もあります。しかし、パラリンピックがメディアスポーツ化、オリンピック化し、競技人口や高い競技性が求められるようになると、競技人口の少ない、重い障害種目などが減少し、多様性とは逆の方向へ進んでしまいます。パフォーマンスの高さに関係なく多様性を認めることが今後の課題であるとの指摘がなされました。

世界のスポーツ・身体文化論

 文学部の瀬戸邦弘先生による応援団文化についての講義でした。

 明治期に生まれたバンカラ文化の流れを汲む応援団は、精神性を重視し、応援団旗を神聖なものとして扱う慣習など、近代からの価値観を共有しながら成り立っています。

 また、応援団全体を体現する存在である団長は、その歴史的な役回りを継承する器としての身体であるという点で、歌舞伎役者と通ずるものがあると先生は言います。

 歴史や伝統を受け継ぎながら独自の行動様式や人間関係を維持する応援団が、ひとつの文化であることが分かりました。

身体・スポーツ・社会Ⅰ

 「身体・スポーツ・社会Ⅰ」では、スポーツと社会の関係について、サッカーを中心に、様々な視点から考察していきます。

① サッカーとデータサイエンス―女子サッカーを中心に―

 筑波大学の平嶋裕輔先生による講義でした。

 テーマは、サッカーの分野におけるデータサイエンスの活用とその問題点について。

 何度も背後へロングボールを出すプレイをしているなら、そのようなプレイが得意なチームであると考えるゲームパフォーマンス分析(質的分析)や、ゴールキックとコーナーキックの本数を見て自分のチームが攻めることができていたか否かを判断するパフォーマンスの数値化(量的分析)といった、データの有用性にかんするお話がありました。

 一方で、データはあくまで判断や戦術を補うものであり、データを実際のパフォーマンスにどこまで反映させるかは各人の判断に委ねられているとのこと。統計学に精通している半面、現場のことは知らないデータサイエンティストと、統計学のことを知らないスポーツ現場のプロの間ではデータが有効に活用できないため、現場に精通したデータサイエンティストの育成が現状の課題だそうです。

② サッカー(スポーツ)のわざは伝えられるのか?

 日本大学の北村勝朗先生による講義でした。「わざ」の定義にはじまり、「わざ」の熟達の条件や特徴、熟達に必要な段階、教育方法としての「わざ言語」についてのお話がありました。

 「わざ」とは、「手先の器用さ」を超えた、身体的訓練を通して知る「素材」の活かし方等の、知的な「総合的判断力」のこと。形をつくる(矯正する)のではなく、目指すわざ(動き)の感覚になるように選手を導くことが指導者の役割であり、そのために用いられるのが、比喩的な表現によって相手の嗜好や行動を導き出す言葉(「わざ言語」)です。ただし、「わざ言語」の効果は指導者と選手の間で感覚の共有ができてはじめて発揮されるため、指導者は自分自身の感覚に固執せず、常に選手の感覚に向き合わなければならないとのことでした。

③ 地域コミュニティの社会的役割とスポーツの可能性 少年サッカーコーチの経験から

 本学経済学部の川西諭先生による講義でした。

 かつての日本に存在していた地域における人々のつながりの再構築のために地域の少年サッカーチームが果たせる役割について、コーチの立場からお話しいただきました。

 サッカーは、チームプレーを通して子どもたちに人との関わりの大切さを教えると同時に、子どもたちの成長を見守る親たちのコミュニティまで構築するとのこと。

 チームの人数を少なくして皆にボールに触れさせる、レベル別にわける、ゴールの大きさを変えるといった、子どもたちに思い切り楽しくサッカーをしてもらうことを目指した最新の指導法についても知る良い機会になりました。

④ なぜ、東京23区にJクラブは存在しないのか?―東京武蔵野ユナイテッドFCの挑戦―

 株式会社東京有明アリーナ代表取締役社長兼東京武蔵野ユナイテッドFC強化担当の人見秀司先生による講義でした。

 東京23区をホームとするJリーグクラブを作ろうと、東京ユナイテッドFCを立ち上げられた先生からは、国家の体制とJリーグクラブの興隆との関係(ドイツのような都市国家では各都市に経済力があり、クラブが繁栄する)や、文武融合の理念(座学でない学びが、人生を豊かにしてくれる)について伺うことができました。

 東京にJリーグクラブが存在しないのには、学校の設備が充実し過ぎている、スタジアムやコミュニティがない、キリスト教国のように日曜が休みでないため、エンタメが充実しているといった様々な要因があるそうです。

⑤ SNS時代のジャーナリズムとメディア・リテラシー

 サッカージャーナリストの小澤一郎先生(株式会社アレナトーレ)による講義でした。

 「媒体」よりも「個人」に重きを置くSNS時代のジャーナリズムの特性(海外メディアでは署名記事が当たり前で、ジャーナリスト目当てに記事が読まれる)や、メディア・リテラシーの問題(世界中の情報へのアクセスの容易さ、AIによるリコメンド、溢れるファストコンテンツがかえって、スマホ1台で完結する閉ざされた世界を構築してしまう)について、理解を深めることができました。

⑥ スポーツ現場から見えるもの、語ること―新聞記者の視点から―

 朝日新聞社の潮智史先生による講義でした。

 スポーツ記事は単なる試合結果の報告ではなく、繊細な技術、勝負のあや、心の動き、喜怒哀楽といった、見えないもの、背景にあるもの、透けて見えるものを読者に伝えるエンターテインメントであるというお話でした。しかし、その一方で、経済や社会変化とは無縁ではいられないスポーツの現実を示す媒体でもあることを、先生が執筆された、サッカー王国ブラジルからまだうら若い選手が欧州へと流出している現状を伝える記事を通して学びました。

⑦ 女性アスリート(フットボーラー:主審)のキャリア開発と展開

 小泉朝香先生(国際主審/JFA女子1級審判員、株式会社三勢)による講義でした。

 日本に60名ほどしかいないJFA(日本サッカー協会)女子1級審判員(レフェリー)であり、その後FIFA(国際サッカー連盟)女子国際主審にも登録された先生からは、女子レフェリーの現状について興味深いお話を伺うことができました。

 現在日本サッカー協会に雇用されているのは男子のみで、女子レフェリーにプロはおらず、先生ご自身も、一般企業に勤めながら世界を飛び回っていらっしゃるとのこと。

 それでも、女子選手が女子レフェリーに先駆けてプロ化(2021年9月12日にWEリーグがスタート)したり、女子レフェリーがJリーグ(男子)の試合で笛を吹くようになったりと、サッカー界における女性の地位には向上の兆しがあるようです。

⑧ サッカーとサイエンス

 筑波大学の浅井武先生による講義でした。

 FIFA公式のボールの変遷を、先生が持参された複数のサッカーボールに触れながら辿るというのは、なかなかできない貴重な体験です。1970年のテルスター(最初の公式ボール)には32枚あったパネルが6枚にまで減ってより球に近い形状になっていることや、コンピューター技術を駆使した複雑なデザインが可能になったことを実際に目で確認して、サイエンスの力がサッカーの歴史を作っていることを実感しました。

⑨ サッカーで社会をつなぐ―安英学の視点―

 ジュニスターサッカースクールの代表をされている安英学(アン・ヨンハ)先生のご登場です。

 JリーグとKリーグでのプレー、W杯本大会への出場と、プロサッカー選手として輝かしいキャリアをお持ちの先生ですが、選手権での敗北から、Jリーガーになる夢を断念された時期もあったとのこと。在日の先輩の支えによって、再びプロを目指す決意をなさったそうです。

 現在代表を務めていらっしゃるサッカースクールでは、「人と人とをつなぐ」という理念のもと、朝鮮学校を訪問したり、トレーナーや管理栄養士を呼んだり、強豪校との試合を企画されたりと、プロ選手としての経験を活かしたご活躍をされています。

⑩ プロ選手経験のないプロサッカーコーチのコーチング方法

 名古屋グランパスコーチの大島琢先生(ご登壇当時の所属はFC東京)による講義でした。

 職業としてサッカーコーチを志された先生が、自身の経験という裏付けを持たずにどのように選手を指導していらっしゃるかについて、お話を伺いました。

 大事なのは、選手の話を聴いて一旦は受け止めること、選手のタイプに合わせたアプローチをすることだそうです。選手のタイプを識別するのに役立つVAKモデル――映像での説明が有効な視覚タイプ(Visual)、言葉での説明が有効な聴覚タイプ(Auditory)、実際に体験させるのが有効な身体感覚タイプ(Kinetic)――についてのご説明もありました。

⑪ グラスルーツサッカーの大切さと子どものサッカー指導

 JFA技術委員会普及部会長の中山雅雄先生による講義でした。

 グラスルーツとは、プロフェッショナルと競技志向の高いユースを除くすべてのサッカー活動を指します。ところが、先生によれば、すべてのアスリートはグラスルーツから生まれるとのこと。楽しみの中で真剣勝負をする、段階を踏みながら学ぶ(少ない人数同士で対戦した方が、サッカーらしいプレーができる等)といった、子どもに無理をさせず、年齢に即したやり方でサッカーとの関わりを持たせることが大切だというお話でした。

⑫ サッカー文化の構図

 本学保健体育研究室(2022年度以降、基盤教育センター身体知領域)の鈴木守先生による講義でした。

 いつの時代においても、地域アイデンティティやナショナルアイデンティティを醸成する役割を果たしてきたサッカーですが、その本質は、足(アウト・オブ・コントロール)の世界であるということ。

 操作的、理性的な手に対して、足は、偶然性、反秩序、即興性、曖昧さに属しており、多様なサッカースタイルが存在するのも、足の文化論との関わりによるところが大きいというお話でした。

⑬ チームスポーツのコーチング 筑波大学蹴球部を例に

 小井土正亮先生(筑波大学蹴球部監督)による講義でした。

 筑波大学蹴球部では、「よい選手・よいチーム・よい指導者」という理念のもと、学生たちの自主運営によって成り立っており、選手と、選手のサポートをするスタッフ(コーチングスタッフ)、チーム(メディカルチーム、パフォーマンスチーム)が一丸となって試合に臨んでいます。

 より良いチームづくりのために、セルフマネジメントシートの作成(これまでの自分と、なりたい自分について書き記すことで、目標を明確にする)、自己評価と他者評価の比較といった試みがなされている点は興味深かったです。

⑭ サッカーとマルチスポーツの可能性からスポーツの価値について考える

 髙田有人先生(株式会社クラスティブ、VIRDSスポーツアカデミー代表)による講義でした。

 サッカーができるようになるにはサッカーの練習をしなければならないが、固執せず、同時にサッカー以外のスポーツにも取り組む方がサッカーにとっても有益である、という理念のもと、先生は活動されているとのこと。小・中学生を対象にしたVIRDSマルチスポーツアカデミーでは、スポーツ間を行き来できるようなシステムになっているそうです。

 早期専門化教育によってフォームを固定させてしまうと後々修正が大変だというお話や、複数のスポーツを体験することで様々な動きを覚え、将来の故障を防止できるというお話には非常に説得力がありました。